مشاركة

10 殿下と

مؤلف: あさじなぎ
last update تاريخ النشر: 2026-01-20 22:18:50

 殿下の突然の申し出に私の心が揺らぐ。

 見回りに行きたい。だがそんな目で見られて断れるほど、私は冷酷ではないんだよ。

 一瞬悩み、私は頷いて答えた。

「わかりました。見回りをしてからでもよろしいですか?」

 自分なりの妥協案を示すと、殿下はぱっと明るい顔になる。そして大きく頷き言った。

「すみません、ありがとうございます。それでしたらお茶の用意をしてきます。女官たちにはもう休むよう伝えてしまったので」

 と言い、彼は私に背を向けて走り出してしまう。

 その背中に私は手を伸ばすが、虚しく空に触れるだけだった。

「あ……」

 殿下にそんなことさせるわけには、と言いたいが殿下の姿はもう見えない。

 響く足音を聞きながら、私は息をついてその背をゆっくりと追うように歩いた。

 どうも調子が狂う。殿下は本当に皇帝陛下のお子、なのだろうか。

 全然性格が違うじゃないか。

 偉大なる皇帝と、子犬みたいな殿下。

 その落差に混乱してしまいそうだ。

 私はまず二階を見回り、階段を下りていく。外には警備がいるはずだし、この私邸にそう簡単に忍び込むことはできないだろう。

 一階に下り、私は淡い灯りが照らす廊下を歩く。

 玄関の鍵や各窓の鍵がかかっていることを確認して歩いていると、盆を持った殿下と鉢合わせた。

 彼はニコニコ笑い、私の前に湯呑がのった盆を見せて言った。

「シュエファさん、居間でよろしいですか?」

 さすがに殿下の私室にふたりきり、というわけにはいかないし私の部屋に招くわけにはいかない。

 そんなことよりも殿下にお茶の用意をさせてしまったことに申し訳なさを感じつつ、私は手を出してその盆に触れた。

「えぇ、これは私が運びます」

 そう私が言うと、彼は笑顔で首を横に振る。

「僕が持っていきます。だって僕がお誘いしたわけですから。あ、扉、開けていただけますか?」

 その言葉に私は盆からそっと手を離し、小さく息をついて答える。

「わかりました」

 私は殿下の前を歩き居間に向かう。

 もう灯火が落ちてしまって暗い室内。私は空に手をかざして呪文を唱える。すると手のひらの上に炎が揺らぐ。

 私は炎の魔法を使うことができるので、こういう暗い場所では重宝した。

「わぁ……すごいですね」

 私の背後で感心するような声がする。

 私は室内のランプに近づき火を入れながら言った。

「ありがとうございます。あまり得意ではありませんが、私たち戌の家の者には炎の魔法を扱うものが多いのですよ」

「あぁ、十二支族それぞれ得意な魔法があるんですっけ」

 殿下は長椅子に腰かけ、盆をテーブルに置いて湯呑を下ろす。

 私はそんな殿下に礼を伝えて、彼の向かいに腰かけた。

「その通りです。他の家の者が何が得意かは詳しく存じませんが」

 そもそも魔法を使えるのが十二支族のなかでも一部の者だけだ。そのせいか、どの一族も使える魔法について詳しく語りたがらない。

 殿下は湯呑を手にして、目を輝かせて私を見つめた。

「炎、すごいですね。それがあったら暗闇も怖くない」

 そんなことをそんな目で見つめられて言われると、なにかこう……むず痒い。

 やはり殿下といるとなにか調子が狂ってしまう。

 戸惑いを覚えつつ、私も湯呑を手にして茶を飲んだ。

 これはほうじ茶だろうか。

 香ばしい匂いが鼻の奥をくすぐる。

 茶に口をつけると、殿下は申し訳なさそうに言った。

「付き合わせてしまいすみません、シュエファさん。その……ひとりでは不安で」

 そう告げた殿下の肩がわずかに震えているような気がした。

 それは仕方ないだろう。

 この私邸の周りを固める警備は強固だろうが、あんな警告文を見た後だ。死の恐怖を感じるのは当たり前だろう。

 そう思った私に、殿下は苦しげに呟く。

「僕のせいでまた、誰か死んだらと思うと……」

 それを聞いて、私はおもわずぴたり、と動きを止める。

 次はお前だ、という血文字をみたら普通、殿下自身が狙われると思うだろうに。そういう話をした。なのに自分以外の誰かがまた死ぬかもしれないと心配しているのか、殿下は。

 動揺を覚えつつ、私は何と答えるが思考を巡らせる。

 けれど何の言葉も出てこない。それだけ殿下の言葉は私にとって想定できないものだったからだ。

「僕自身を狙うのならとっくに殺しに来ているでしょう。なのにこないであんな回りくどい……女官たちを手にかけるのは僕の命ではなく別の目的があるのかなって。もしそうならまた、僕のせいで人が死ぬでしょう。そう思うと僕は」

 そこで彼は口を閉じてしまう。

 この様子を犯人が見たらほくそ笑むだろうな。確実に殿下は気を病んでいらっしゃるのだから。慰めの言葉も出てこない。なぜなら殿下に仕えていたふたりの人間が死んだ、という事実は変わらないのだから。

 そう思うと忌々しい。

 犯人は殿下について詳しい人物なのだろうか。

 重苦しい沈黙の後、殿下はばっと顔を上げ、目を見開き私を見つめた。

「シュエファさん」

「はい」

 殿下はまっすぐに、決意のやどる目ではっきりと言った。

「犯人を見つけましょう」

 力強い言葉に私は面食らう。

 いま、何と言った?

 理解できない。いや、理解したくないのかもしれない。

「えーと……犯人を、殿下が、ですか?」

 困惑する私に殿下は力強く頷く。

「そうです。こんな悲劇を繰り返さないためにも!」

 この様子だと諦めさせるのは難しそうだ。どうする、シュエファ。

 私は頭の中で色んなもしも、を考え殿下の説得方法を探ったが何も出てこなかった。

 

استمر في قراءة هذا الكتاب مجانا
امسح الكود لتنزيل التطبيق

أحدث فصل

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   52 絡め取られていく

     殿下の誕生日の祝宴を終え、年末がやってくる。 宮廷内は慌ただしく正月の準備を進めていた。 その後、あのリン、という女官との接触はない。 彼女は皇帝陛下が住まう宮殿を中心に仕事をしているらしくを合わせるような機会がない。 見かけたところで気が付くか、と言われると微妙だが。見た目が特徴的ではないし。 その女官が皇帝陛下に仕えているため、殿下と面識があったから殿下は名前を覚えていたようだが。そうでなければ、印象にも残らないだろう。 私だってもう一度すれ違ったとして気が付くかといわれたらあまり自信はなかった。 祝宴から二週間近くが過ぎたある夜、湯を浴びたあとの習慣となった殿下とのお茶の時間。 隣に座る殿下は私に向かって言った。  「その後、例の女官の接触はないんですか?」「えぇ、とくには。そもそも私は陛下の住まう宮殿に行くことはそうそうないですから」 淡々と答え、私は湯気を上げる湯呑を手にする。 北の国から取り寄せた、というお茶はかぐわしい香りを漂わせている。「というと、父とも顔を合わせていないのですか?」 父、という言葉に一瞬私は手を止めてしまうが、なるべく平静を装い殿下の方を向き答えた。「えぇ、お会いしておりません。呼出もありませんし」 その言葉を聞いた殿下は心底安心した様な顔になる。 そんな顔を見せるのもどうかと思うが、殿下は心底皇帝陛下のことを毛嫌いしているようだ。「それならよかったです。父は……そもそも後宮があるのに方々に浮名を流していて、僕には理解できないです」 顔を歪めて殿下は言い、湯呑を握りしめてぐい、とそれを飲む。 ここ、殿下の私邸にいても皇帝陛下の女遊びの噂は尽きず、しょっちゅう耳にする。 どこの商人のお嬢さんと密会をしているとか、大臣の娘と懇意だとか。人妻を連れ込んでいるだとか。日頃の行いがおこないなので、どの話も本当のことのようにしか聞こえず、噂は広がっていくばかりだ。 私だってそんな女のひとりだった。その事を思うと私は殿下が抱く嫌悪感に何も言葉にできず、ただ黙ってお茶を飲むことしかできなかった。「このまま何も起きなければいいですが」 と言い、殿下は私の膝にそっと、手を置く。 殿下は最近、こういった接触を私にしてくる。 最初は驚いていたが最近は慣れてしまい、私は湯呑を机に置いてその手に自分の手

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   51 目撃者といもけんぴ

     私の呟きに殿下は肩をすくめて苦笑を浮かべる。「それは難しいかと思います。だってもし犯人に気が付かれたら命が危ないですし。この話だって、時間が経ったから出てきたのだろうと思うので」「そうですよね……そう思うと見つけるのは難しいか。でも、少しずつ話が表に出てくるかもしれませんから噂をたどるのはいいかもしれません。時間が経って、黙っていられなくなってくるでしょうし」 そうなったら敵は何か動き出すかもしれない。 殿下の私邸に忍び込むようなことはしないだろう、とは思う。なぜならこの私邸に出入りできる女官は限られているし、知らない顔があれば目立つからだ。それ以外にここに入れる女性は、殿下の母上くらいだろう。護衛の兵も自由に出入りすることはできないのだから。 そうなると、この中は安全と思って大丈夫だろうか。いや、ここに出入りする女官たちから鍵を奪われたら最後か。直接殿下を手にかけるような、愚かなことはしないと思いたいが。 そう思い、私は湯呑に手を伸ばした。 殿下も湯呑を手にし、不安げに瞳を揺らして言った。「あの、リンさんは事件に関わりがあるんでしょうか」「私を睨み付けていたのは事実です。私と彼女に何の接点もありませんから、あるとすれば殿下との関わりしかないかなと思います」 そう答えて私はお茶を飲む。香ばしい香りのお茶で、身体が温かくなる感じがした。「あの時のお茶、何か仕込まれていたんでしょうか」 呟き、殿下は湯呑の中を見つめている。 それは確かめようがなかったのでわからないが、どうだろう。あの状況で何か仕込んだら彼女は疑われるだろう。誰でも何かを仕込める状況でもあったからそうでもない、だろうか。 殿下の言葉に私は何も答えられず、黙ってお茶をぐい、と飲んだ。 殿下は何かを思いついたのか、ばっと顔を上げて微笑み言った。「もし仕込まれていたら、シュエファさんのお陰で危機を避けられたことになりますよね」「あぁ、そう、なりますね」 仕込まれていたら、の話だが。私は湯呑を置き、殿下が用意してくれたお菓子に手を伸ばす。今日のおやつはいもけんぴだった。甘い香りがわずかにしてくる。 殿下は湯呑を置き、お菓子を摘まんだ私の手を両手でそっと握ってきた。 驚く私に、殿下は頬を赤らめて言った。「ありがとうございます、シュエファさん」「え、あ……いいえ。あの、

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   50 不審な人物

     朝食の後、殿下は今日一日、私邸の中で過ごすというので私は自室に下がり女官たちの資料に目を通した。 昨日、私を睨んできたあの女官。確か殿下は、リン、と呼んでいた。 年代は多分三十歳前後。同じ名字の名前は何人もいたが、その世代の女官は数人しかいなかった。 そして、巳の家の推薦、となるとひとりだけだ。 林 氷蘭。年齢は三十二歳か。たぶんあの時お茶を運んできたのはこの女性だろう。 二十歳ごろに女官となって一度やめ、二年ほど前に戻ってきたらしい。 学校を卒業した後しばらく働いて、結婚や出産で辞めてまた復帰するのは普通なのでそれは問題ないが。普通は子育てが終わるころに皆戻って来る。三十歳で仕事に復帰するのは少し早いように思う。しかも女官の大半は、宮廷内の寮に住むことになる。小さな子供がいる状況でここで働くことを選ぶのだろうか。 そう思うとなんだか不自然な気がした。「でもまあ、子供を家族に預けて、ということもなくはないが」 そう呟き、私は机の上の湯呑に手を伸ばした。 子供がいるのか、ということまでは書かれていないが、夫はいるらしい。 疑わしい、と思ったら何もかもが怪しく見えてくる。 「昨日の祝宴から、動きがあればいいけれど」 そう呟くが、その動き、というものが誰かの死を伴うとなるとまずい。 私を襲ってくれた方が嬉しいのだが。 そう思ってお茶を飲み、私は資料を見つめる。「なかなか尻尾を出してくれないね」 そう呟き私は資料にある名前を撫でた。 その時、扉を叩く音がした。「シュエファさん、あのお話があるんですが」 殿下の声がして私はびくっと震えてしまい、頭の中に今朝の出来事がよぎる。 話、というのはきっと昨日のことだろう。昨日の今日で何か情報を得たとは思えないが。 いや、女官たちがなにか噂していたような気がするから、彼女たちから何か聞きだしたのかもしれない。 私は慌てて立ち上がり、扉へと近づきそっと、それを開く。 廊下に立つ殿下は、私の顔を見てぱっと、嬉しそうな顔になる。「あの、昨日の女官の事なのですが」 と言い、辺りをちらっと見まわす。 もちろんここには誰もいない。掃除はすでに終わっているし、用がなければ二階に女官たちは上がってこないのだから。「話をしたいのですが女官たちに聞かれたらまずいし、どうしよ

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   49 ひとりの部屋で

     殿下の部屋の前を離れて自室に入り、私は勢いよく寝台に寝転がった。 疲れた。 殿下の誕生日の祝宴。怪しい女官。殿下のおじい様の言葉。陛下の執着。そして―― 私は自分の唇をそっと指先で撫でる。 先ほどの殿下は、普段とは別人のようだった。 まるで肉食獣のような目で私を見つめていたが、あれが殿下の本質なのか? 陛下とはまるで違う、と思っていたがその本質は同じなのかもしれない。 私は、殿下の何を見てきたのだろう。 私は今まで皇帝陛下と何度も身体を重ねてきた。それは私が望んでのことだし、愛人であり遊びであることも理解していた。 なのに私は殿下と過ごすようになってから陛下から心が離れ、以前のようなときめきはなくなってしまった。 そして殿下の行動、言動に心を揺り動かされている。 私は仰向けに寝転がり、天井を見つめる。 「私らしくないだろう」 年下の殿下に振り回されるなんて。 自分で自分の感情がよくわからない。 けれど。殿下に口づけられて、私は拒否できなかった。「嫌では……なかったしな」 そう呟き、私は大きく息を吐く。 皇帝陛下との情事は嫌で仕方なかったのに。私の心はすでに殿下の所にあるのだろうな。そう自覚すると、一気に全身の体温が上がるような気がした。 陛下と関係を持ったうえで殿下とも? いや、それは私の倫理観が許さない。あってはならないだろう。 いくら殿下に皇帝陛下との関係がばれてしまっているとはいえ、ダメだ。そんなのは。 そう自分に言い聞かせて私は寝返りを打ち、扉の方を見つめた。 殿下と同じ屋敷の中。男女が同じ屋根の下、というのは本来ならよくないのだろうが。男が極端に少ないこの国ではありうることだ。そんなことを気にしていたら、護衛などできないのだから。 今、その事が完全に裏目に出ている。 もう私は、この檻から出られることはないのだろうな。 ならば、腹をくくるしかないだろうが。 今私がしなくてはいけないのは犯人探しだ。 恋にうつつを抜かしている場合ではない。 そう自分に言い聞かせて、私は目を閉じた。 疲れていたからだろう。あっという間に私は夢の世界へと旅立った。 翌朝。 朝の見回りをした後私邸へと戻ると、朝食のいい匂いが漂ってきた。 女官が朝食を作ってくれているのだろう。 食堂へと向かうとそこには誰の姿もな

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   48 逃げるように

     このままではまずい。 そう思い私は口付けの合間に殿下に向かって言った。「お、お戯れは止めてください」「……僕は本気ですよ、シュエファさん」 愛おしそうに目を細めて言い、殿下は触れるだけの口づけを繰り返す。 なんてもどかしいんだろう。 少し前に、皇帝陛下と情事を重ねたあとの私には物足りなさすぎる。 けれどそんなこと口にできるわけがない。 どうやってこの状況を乗り切るのか、その考えで頭の中はいっぱいになっていた。 だが何もまとまらない。私が本気になればこの場から逃げ出すのはたやすい。だがそんなことをしたら殿下を傷つけてしまうだろう。 身体も、心も。 そう思うと動けなかった。 満足したのか、唇を離した殿下は熱い視線で私を見つめてくる。 そんな殿下に私は、震える声で言った。 「殿下……」「ツァロン、ですよ、シュエファさん」 言いながら彼は私の唇をそっと、指先で撫でる。 そう言われても、名前でなど呼べるわけがない。私は殿下の護衛、なのだから。 私はそんな殿下の手首をそっと掴み、首を振り絞り出すような声で言う。「もう遅いです。お休みになられた方がいいですよ」 これでなんとかこの場をやり過ごしたい。 殿下はにこり、と笑い、「そうですね。では一緒に行きましょう」 と告げ、立ち上がり私に手を差し出した。 その手を拒絶できるわけがなく、私は仕方なくその手を掴む。 立ち上がった私を満足げに見つめ、「行きましょう」 と言い、私の手を掴んだまま歩き出した。 掴まれた手の力は強く、簡単に振り払えそうにない。 まさかこのまま寝所に私を……? そんな考えが頭をよぎるが、そんなはずない、とすぐに否定する。 けれど私の心臓は確実に早鐘をうち、私の頭の中は殿下から逃げる方法を考えるのでいっぱいだった。 だがどう考えても無理だ。そもそも、殺人事件が起き、殿下の私邸に住む、と言い出したのは私ではないか。 今さら逃げられるわけがない。 どうか、このあと何も起きませんように。 私はそう、守護獣に祈り殿下に連れられて階段を上った。 廊下に着き、そのまま殿下は私室へと向かう。その間も殿下は私の手を離そうとはしなかった。 そして、殿下の部屋の前に着く。 このまま私を解放してほしい。そう願う私に、殿下は振り返り言った。「ねえシュエファさ

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   47 口づけ

     湯を浴びて廊下に出ると、案の定殿下が現れ濡れた瞳で私を見つめた。「あの、シュエファさん」 震える声が響き、私の胸に痛みが走る。今、私は殿下の顔をまともに見られない。「はい」 そう短く返事をして私は殿下から視線を外してしまう。 風呂場で確認したが、胸などに陛下の痕がついていた。ということは首にもなにか痕跡が残されているかもしれない。 そう思うと気が気ではなかった。「あの、お茶を用意してあるんですが」 やはりそうなるか。 もちろん断れるはずがなく、私は諦めて顔を上げ、力なく笑った。「ありがとうございます」 礼を告げて私は殿下の後について居間へと入った。 温かな部屋。机の上に並べられた、ふたつの湯呑。それはどちらもいつも殿下が座る長椅子の前に置かれている。 それを見て私は違和感を覚えたものの、当たり前のように殿下が隣を示して、「座ってください」 と言うので仕方なく従った。 私は湯呑を手にし、殿下の方に目を向ける。「お疲れではないのですか?」「あはは、そうですね。でも大丈夫です」 と、疲れた顔で答えて湯呑に口をつけた。 その様子を見て私は、胸にざわめきを感じながら「ご無理はなさらないでください」 と声をかける。 すると殿下は私の方を向いて、「ありがとうございます」 と屈託なく笑った。 その様子を見て私は陛下との違いに戸惑ってしまう。 本当に血の繋がりがあるのか、と疑わしくなるほど殿下は穢れを知らない、真っ白な存在に見える。 絶対に、私と陛下との関係を、殿下に知られてはならない。 隣にいればいるほど苦しくなってきてしまう。 早くこの場を離れなければ。 私は一気にお茶を半分飲み、大きく息をついた。「ねえシュエファさん」 耳に絡みつくような甘い声が聞こえ、私はハッとする。 驚いて殿下の方を見ると、いつの間にか湯呑を机に置いた殿下が私の方にすっと、手を伸ばしてきた。 その手が頬に触れて、顔が近づいてくる。私は殿下から目を離さず湯呑をゆっくりと、机の上に置いた。 これから何が起きるのか。考えると胃の底が冷えるような気がした。 そして、先ほどまでの不安げな顔とは違う、真面目な顔になって言った。「どこで何をしていたんですか?」 静かに、低く響く声に私は内心戸惑ってしまう。「何を、というのは……」 言いな

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   5 犯人は誰?

     宮廷内で起きた殺人事件はふたつ。 一件目は毒殺で、内々で処理された。 二件目の死因はまだわからないが、腹を切られ、血の文字で壁に警告が描かれていた。 ふたつの殺人事件。あまりにも手口が違いすぎるが。 そう思い、私は唇を噛む。 同じ犯人なのか。それとも別の犯人か? そう思い、私は殿下に声をかけた。 「殿下」「はい」「ひとりめの犠牲者の時は、あのような警告文はあったのでしょうか?」 私の問に、殿下は首を横に振る。「僕は現場を見ていないのですが、そういう話は聞いていないです」「そうですか」 その返答に私は首を傾げる。 そうなると、一件目の殺人は本当に殿下への警告だっ

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   4 殺人現場

     バタバタと、たくさんの足音が近づいてくる。 「すぐに皆を別の部屋に連れて行け。ここは閉鎖する」 そんな男の声が廊下から聞こえ、私はハッとして振り返った。 入ってきたのは深い灰色の上衣をまとった男性だった。 二十代後半くらいか。肩口でそろえられた黒い髪に、一重の瞳。 羅悠然。宮殿の護衛団、華衛の団長だ。 彼は共に入ってきた護衛官たちに、テキパキと指示をだしている。「死体の検死を。室内に不審物がないか徹底的に調べろ」  ヨウラン殿の言葉の痕、開いていた扉がばたり、と閉まり、いっそう血の匂いが濃くなった。 鋭い眼光の彼は、私たちを見るなり膝をつき、頭を下

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   3 ツァロン殿下

     翌日。 私は騎士向けの寮を出て、宮廷内に移り住むことになった。 表向きは、二十歳の成人を前に殿下の身の回りを固め、護衛を強化する、という理由だった。 引越しを済ませて私は指定にいる皇太子殿下に挨拶へと向かう。 殿下は今学生で、普段は大学へ通っておられる。 今日は休日であるため、私邸にてお休みになられているはずだ。 私は、女官に連れられて皇太子殿下の私邸へと入る。 人の気配を感じない、とても静かな場所だった。 香、だろうか。 森の中のような匂いが漂っている。皇帝陛下の私邸とはずいぶんと違う匂いだ。 私は殿下とお会いするというので、着慣れない、紅の上衣にスカートを着てしまっ

  • 血塗られた宮廷で護衛騎士は愛に揺れる   2 命令

     宮殿の奥には皇帝陛下の私邸。別棟には後宮がある。 後宮は、女性であっても出入りは自由ではないので、私は足を踏み入れたことがない。 女官に案内されたのは、陛下の私邸にある応接室だった。 屋敷の中は甘い、香の匂いで溢れている。 廊下には絵画や美術品が飾られていて、皇帝の財力の大きさを感じさせる。 侍従などがいるはずだが、人の気配を感じなかった。 その意味をすぐに察し、胸の高鳴りを覚えてしまう。 女官は私を応接室に入るように促すと、すぐに背中を向けて去っていく。 私は背筋を伸ばし、扉に声をかけた。「紅雪華《ホ・シュエファ》、参上いたしました」「あぁ、入れ」 そう声が聞こえ、

فصول أخرى
استكشاف وقراءة روايات جيدة مجانية
الوصول المجاني إلى عدد كبير من الروايات الجيدة على تطبيق GoodNovel. تنزيل الكتب التي تحبها وقراءتها كلما وأينما أردت
اقرأ الكتب مجانا في التطبيق
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status